東北地方太平洋沖地震に関連する研究

京都大学防災研究所 宮澤理稔

ひずみの収支が示唆していた巨大地震

 プレート境界で起きる大地震の規模と発生時期の予測には,地震アスペリティの概念が利用されている。しかしこの概念に基づくモデルでは長期的にですらM9クラスの超巨大地震の発生を正しく評価できていなかった。一方異なる解釈では,東北沖において巨大地震や非地震性のすべりの発生の可能性が指摘されていた。このような状況下で,特に宮城県沖では,特定のモデルだけを重要視した地震の予測をすべきでなかった。
全文(岩波「科学」2011年10月 特集号への投稿論文)

東北地方太平洋沖地震による地震のダイナミックトリガリング(動的誘発作用)

 東北地方太平洋沖地震によって発生した地震波(表面波)は、日本列島の各地で地震を誘発しながら広がっていったことが観測された。
【動画で見る】
解説
 東北地方太平洋沖地震(東北沖地震)発生直後の十数分間の日本列島全体の地震活動は、通常であれば気象庁が一元化処理した地震カタログにも掲載される小規模な地震であっても、明らかにされていなかった。それは、東北沖地震やその後の多くの余震による強い揺れにより、小規模な地震の波形記録は埋もれてしまい、その検出が妨げられているためである。そこで東北沖地震から放射された波をハイパスフィルタの手法で除去することで、その他の日本列島で発生した地震活動を調べた(図1)。

図1.飛騨山で観測された地震波形。(a)観測された波形。(b)短周期成分のみ取り出した物。所々に見えるパルスが、観測点付近で発生した地震を示している。一部を拡大すると、P,S波が読み取れる。(c)東北沖地震の地震波の長周期成分。震幅は、短周期成分(b)のに比べて圧倒的に大きい。
 このような方法で、東北沖地震の波にマスクされ地震カタログに掲載されていなかった、日本列島の小さな地震活動を探し出してプロットした(図2)。

図2.日本列島の地震活動(2011年2月--4月)。(a) 震央分布。(b) 地図(a)の縦軸方向に投影した距離-時間の地震活動分布。(c) 本震直後(2:45pm--3:00pm)の距離-時間の地震活動分布。代表的な観測された地震波形もその距離に示している。マグニチュードは過大評価している可能性がある。 
 :本震発生から約15分間の地震活動(震央)
 黒○:その後の地震活動(震央)
 灰●:東北沖地震前の地震活動(震央)
 :火山
 元々地震活動の高かった飛騨地方や伊豆諸島北部で、顕著な地震活動の活発化が観測された。 特に東北沖地震による地震波の揺れが大きい時に、M4.7の地震が誘発されていた。 余震域を除くと誘発された地震の中で最大であるが、余震の規模に比べると小さい。 また誘発された地震の多くは、本震の波の影響によりマグニチュードが過大評価されている可能性がある。
 本震後約15分間で、気象庁の地震カタログに掲載されているものも含めると、日本全国で約80個の地震が震源決定された。 震源決定がされていない誘発地震も含めれば、100個以上の地震があったと考えられる。
 図2(c)を見ると、本震直後に活発化した地震の領域が、秒速約3.1-3.3kmで徐々に広がっていく様子が分かる。 この地震活動が活発化の広がりは、表面波が到達に対応している。 つまり東北沖地震により作り出された表面波は、地下で応力擾乱を起こしながら伝播していったが、その際に各地で地震を誘発していたことが分かった。 ただしどこでも地震が誘発された訳ではなく、予め地震が発生するに十分な歪みが蓄積されている等の状態において、地震発生のきっかけとなる最後の一押しを地震波がしたにすぎない。 この現象がなくと発生する筈だった地震の発生が、早められたとも言える。
 このような現象は、動的誘発作用(ダイナミックトリガリング、リモートトリガリングとも呼ばれる)として知られていたが、今回の様に動的誘発現象が空間的に広がっていく様子が確認されたのは、初めての事である。また世界の各地でも地震の動的誘発が確認されたことが報告されている。それほど今回の地震は規模が大きかったことも意味している。
※詳細については、以下の論文をご覧下さい。
Miyazawa, M. (2011). Propagation of an earthquake triggering front from the 2011 Tohoku-Oki earthquake, Geophys. Res. Lett., 38, L23307 doi:10.1029/2011GL049795.
京大KURENAIからダウンロード

P波による誘発現象の検出

 東北沖地震のP波による誘発現象の有無を検証するため、P波のスペクトルを基準地震と比較した。

 P波は高周波成分に卓越しており、低周波成分に卓越する表面波の場合と違って、フィルタの処理による誘発現象の検出が困難である。そこで、メカニズムの似た基準地震を選び出し、スペクトル比を求めることで、観測点近傍の擾乱のみを抽出する試みを行った。

 図3に結果を示す。四国西部で値の大きな領域が見られた。これは表面波によって誘発される深部低周波微動の発生域と一致している。また、東北地方の日本海側の大きな値は、東北沖地震の本震破壊のディレクティビティ効果による物である。


図3.P波到達時の日本列島の応答の様子。色が赤いところほど、局所的に応答が大きかったことを意味し、その周辺で誘発現象があったと考えられる。
※詳細については、以下の論文をご覧下さい。
Miyazawa, M. (2012). Detection of seismic events triggered by P-waves from the 2011 Tohoku-Oki earthquake, Earth Planets Space, 64, 1223-1229, doi:10.5047/eps.2012.07.003.

箱根における誘発地震の研究

 東北地方太平洋沖地震発生に伴い、箱根カルデラでは地震活動が特に活発化した。箱根カルデラでは、非常に密な地震観測網が展開されており、表面波による地震の動的誘発の過程が詳細に調べられた。箱根カルデラでは1995年の観測以来、最大規模の地震はM3.5(2004年2月4日)であったが、今回、M4を越える誘発地震がいくつも観測された。

※詳細については、以下の論文をご覧下さい。神奈川県温泉地学研究所との共著論文です。
Yukutake, Y., M. Miyazawa, R. Honda, M. Harada, H. Ito, M. Sakaue, K. Koketsu, and A. Yoshida (2013). Remotely triggered seismic activity in Hakone volcano during and after the passage of surface waves from the 2011 M9.0 Tohoku-Oki earthquake, Earth and Planetary Science Letters, 373, 205-216, doi:10.1016/j.epsl.2013.05.004.

Copyright © 2011 M.Miyazawa, All rights reserved.