北陸観測所は,福井県鯖江市の緑豊かな三里山の麓にあります。鯖江市は日本最古の伝統を持つ越前漆器の産地として,また,めがねフレームの生産日本一としても知られています。福井県の自然災害といえば,最近では平成16(2004)年の福井豪雨 災害などが記憶に新しいところですが,忘れてならないのは,ちょうど60年前,昭和23(1948)年に発生したマグニチュード7.1の福井地震です。福井地震は都市域の直下に発生し,死者約3,800人,家屋倒壊36,000戸以上という甚大な被害をもたらしました。気象庁の震度階は,当時6が最大でしたが,この地震による家屋倒壊率の大きさを表現するために新たに震度7が制定されました。北陸地方では福井地震の他にも多くの被害地震 が過去に発生し,また活断層が多く分布しています。大きい地震に比べて多数発生する微小地震(マグニ
チュード3以下)を高感度で観測することにより,北陸地方における地震活動や地殻 構造等の特性を解明することを目的として,この地に北陸観測所が設立されたのです。
北陸観測所は昭和45年(1970年)に地震予知研究計画に
もとづいて、防災研究所附属北陸微小地震観測所として設置され、昭和49年(1974年)に本館等の建物が竣工しました。その後、平成2年(1990年)に防災研究所附属地震予知研究センターが設立されるとともに、同センター北陸観測所と名称をあらためて現在に至っています。設置当初から平成2年までは計4名の教員が順次、観測所に勤務しました。それ以降は、担当の教員は宇治キャンパスの地震予知研究センターおよび関連部門に所属して観測所の運営および研究を担当しています。技術職員1名も現地勤務により観測維持にあたりました。その後、観測およびデータ伝送システムの効率化が進んだこと等により、下に述べる観測坑内に観測機器を集約して、平成25年(2013年)2月からは観測所の建物を撤去しています。
北陸観測所の特徴の一つは、格子状に掘削された総延長560mもの観測坑を持つことです。この中に高感度地震計をはじめ、広帯域地震計、強震計、伸縮計、傾斜計などの測定機器を設置して、地震、地殻変動の観測を行っています。また、地球磁場や自然電位の測定も行われています。観測坑は他大学の研究者にも観測や機器開発の場として有効に利用されています。例えば、坑道内に存在する地質断層の挙動を調べるための三次元相対変位計の開発や、ラドン濃度の連続測定などの研究が行われてきました。
北陸観測所の観測坑以外にも、石川、福井、滋賀3県の6カ所に地震観測点を設置し、1976年以降、テレメータによる微小地震観測を行ってきました。これらのデータは現在、宇治キャンパスの地震予知研究センターで自動処理されるとともに、気象庁にもリアルタイムで伝送されて、全国の
北陸観測所及びその観測点(赤い+)のデータに より震源決定された1976年~2007年の地震分布。1948年福井地震及び1891年濃尾地震の断層面を白い線で示す。
地震観測データの一元化処理に使用されています。北陸観測所による約40年間におよぶ微小地震の震源分布は北陸地方の地震活動特性を明らかにしてきました。福井平野の東縁部に北北西-南南東方向に延びる地震分布の多くは、福井地震(1948年)の震源断層(全長約30km)に沿う余震活動と考えられます。これから更に南東方向に延びる地震分布
は、濃尾地震(1891年、M8.0)の震源断層(全長約80km)を含む活断層帯に沿うものです。琵琶湖北東部の柳ヶ瀬断層帯にも活発な微小地震の活動帯が分布し、白山火山および周辺の山岳直下にも地震活動が見られます。一方、北陸観測所を中心とする半径約10kmの領域内には微小地震がほとんど発生していません。いわゆる地震活動の空白域です。北陸観測所で記録された地震の波形データを詳細に解析すると、この空白域では周辺の活断層帯に比べて地震波の散乱が弱く、地殻の媒質がより均質であることが推定されています。福井地震の震源断層は地表に現れない伏在断層であり、その地下における断層位置の推定をはじめ地震学的な調査を行うことは北陸観測所の重要な研究課題の一つです。これまで、人工的に発生させた地震波を用いて基盤構造のずれを検出し、繰り返し地震を発生させてきた断
層が地下に存在することを推定しました。福井平野における重力の測定から地下の密度構造を推定し、断層の水平方向への広がりを推定する試みも行われてきました。また、断層に沿う精密な震源分布を推定するとともに、上
に述べた地震波形の解析により、地震波を強く散乱する構造としての断層の深部形状が詳細に調べられつつあります。その他にも、地震観測データにもとづいて北陸地方の地殻の三次元速度構造や、地震の震源域に働く応力場、地質構造と地震活動度との関係等が調べられています。今後、北陸観測所により蓄積された地震データベースの解析をさらに進めて、北陸地方の活断層を含む詳細な地殻構造と地震発生特性の解明をめざします。
北陸観測所の担当教員は理学研究科の協力講座教員として、学生が北陸観測所のデータを用いて上述のような研究課題を行ううえでの指導を行っています。金沢大学や富山大学をはじめとする北陸地域の他大学や高専とも長年にわたる交流があり、他大学の学生が観測所を訪問してデータ
利用・解析する際の研究指導や、北陸地震研究会を開催して幅広い研究交流を行ってきました。また、地元の小学校に出向いて地震についての特別授業を行い、防災関係機関で講演を行うこともあります。地元の小中学校、高校や防災関係機関からの観測所施設の見学依頼にも可能な限り対応しています。特に2008年には、福井地震60周年シンポジウムを、福井県や福井市、坂井市とともに開催し、地元住民への防災知識の普及および地元研究者との研究交流を推進しました。宇治キャンパスからも学生が参加し、過去の地震災害や幅広い研究成果に触れる良い機会でもありました。
現在、北陸観測所の建物は撤去されていますが、北陸地域に展開した地震観測網のデータは宇治キャンパスのセンターにおいてリアルタイム処理・解析され、上に述べた研究がさらに進められています。
写真上:福井地震60周年シンポジウムを開催(2008年6月27〜28日)